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先日、永六輔さんとザ・ピーナッツの伊藤ユミさんがお亡くなりになったというニュースを見て、ふと昔を思い出してしまいました。おニ人がテレビで活躍し始めたころ、各家庭にテレビが普及してきました。我が家にテレビがやってきたのは、確か私が5歳くらいのときだったと思います。近所の人たちも集まり、相撲やプロレスに歓声を上げていました。「シャボン玉ホリデー」も楽しい番組でした。
戦後の復興から高度成長期へとすべてが右肩上がりで、この先もずっとこのような景気が続くと思われていた時代だったと思います。周辺の炭鉱地域の景気も良く、私が5歳だった昭和34年は人口も旧滝川市と旧江部乙町を合わせて4万5千人、中空知で33万人のときでした。滝川駅前の繁華街は数多くの飲食店でにぎわい、名店ビル周辺は旅館や商店がびっしりと立ち並び、歩道は自転車と人であふれ、すれ違えないくらいでした。
今、その栄町3―3地区の再開発が始まろうとしています。何年も廃ビルだった名店ビルが取り壊され、新しい建物が建築されます。それまでの関係者のご理解とご協力に感謝したいと思います。現在の滝川市の人口は4万1千人、中空知は11万人です。地方創生により人口減少に歯止めをかける努力をしている最中ですが、日本全国を見ても厳しい問題だと感じています。昔のにぎわいを懐かしみ、昔のようになりたいと思いつつも、現実をしっかりと見据えていかなければと思います。必要なことは、将来に負担を残さないような、コンパクトで機能性の高いまちづくりだと考えています。民間のお力をお借りし、市民の皆さんとこれからの時代のまちづくりを進めたいと思っています。
※シャボン玉ホリデー…昭和36年放送開始の日本テレビ系バラエティ番組
広報たきかわ8月号に掲載した市長コラムを掲載したものです。